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国重文指定の答申受けた「石棒」展とギャラリートークを開催

印刷用ページを表示する掲載日:2026年4月27日更新

3月20日(金曜日)~4月22日(水曜日)飛騨市美術館

発掘から半世紀の時を紡ぎ、国重文指定の見通しとなった宮川町の石棒を紹介する「もうひとつの石棒展」が市美術館で開かれました。石棒を収蔵・展示する飛騨みやがわ考古民俗館から市街地へと場所を変え、身近な所で鑑賞できるとあって、会場には指定が見込まれる出土品をひと目見ようと多くの市民が訪れました。

同展では市教委文化振興課の学芸員によるギャラリートークも開かれ、市内外から訪れた考古学ファンも熱心に耳を傾けていました。

長年、石棒を調査・研究し、重文指定を国に働きかけてきた三好清超学芸員は「土器と違い、使われ方が分からない石棒ですが、国の重文になると未来永劫、次の世代がこれらの石棒を研究材料として突き詰めることができます」と目を輝かせ、来場者も「ようやく日の目を見ることができますね」と話していました。

三好さんのトークに続き、保谷里歩学芸員は指定対象となった石棒を始め、加工する際に用いられた敲(たたき)石や砥石といった出土品など200点余りについて紹介。いずれも考古民俗館に隣接する島遺跡と塩屋金清神社遺跡から出土したもので、保谷さんは両遺跡で見つかった石棒について大きさや作られた時代などを解説。

保谷さんは「約4500年前の島遺跡から約3500年前の塩屋金清神社遺跡まで石棒を作り続け、島遺跡からは長さ1メートルほどの大きなものも見つかりました。塩屋金清神社遺跡で出土した石棒は島遺跡のものに比べて小さくなりました。一連の資料から何段階もの作り方が分かり、1000年にもわたって作り続けられたことは大変興味深い」と話していました。

萩原町から訪れた小林加寿子さんは「これだけの石棒が見つかったことに驚きました。製作過程が分かり、使われ方にも思いを馳せることができてロマンを感じました。とても興味深いです」と話され、また「地元にはまだまだ眠っている宝物があるので、皆さんに関心を持っていただき、こうして光が当たるといいですね」といった声も聞かれました。

当日の様子

国重文指定の答申受けた「石棒」展とギャラリートークを開催
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