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全国の歴史研究者の集まり「1617会」が初の「飛騨例会」を開催

印刷用ページを表示する掲載日:2026年8月7日更新

7月5日(日曜日)飛騨市役所

中世から近世に移行する16~17世紀初頭の歴史を研究対象とする1617会が「戦国時代 飛騨の城郭と城下」をテーマに例会を開催しました。拠点の関西を離れ、飛騨が会場となるのは今回が初めてです。

飛騨の中世は文献などの史料が少ないため、これまで当時の様相が明らかにされることはありませんでした。しかし、近年になり飛騨市を始め近隣の自治体が城郭調査や考古学的な調査を盛んに行っているため、同会では現地視察を兼ねて「飛騨例会」を開催することになりました。

例会では最新の研究成果を基に、江馬氏や姉小路氏ならびに三木氏の拠点を始め、豊臣政権の武将として飛騨国に侵攻した金森氏による城郭・城下町経営について検討しました。

最初に市教委学芸員の大下永氏が「文献史料と地理的変遷からみる飛騨地域の16、17世紀」、同じく三好清超文化振興課長が「姉小路氏城跡・江馬氏城館跡の発掘調査と飛騨の中世遺跡の変遷」、また高山市教委の押井正行学芸員は「松倉城跡の発掘調査の成果」と題してそれぞれ事例報告。

この後、岐阜市教委の内堀信雄氏が各登壇者の発表内容に関してコメントし、続いて大阪公立大学大学院の仁木宏教授の司会で各報告者によるパネルディスカッションが行われました。

パネルディスカッションでは姉小路氏の山城群や江馬氏下館にスポットを当て「いずれも山城の広さが近畿地方など他の地域の山城に比べて狭いことから、山麓の居館と山城とで機能を使い分けたのでは?」「飛騨は豪雪地なので、冬場は山城としての機能が果たせなかったことも考えられます」といった意見が出ていました。

このほか城と居館、城下町を一体化して築いた金森氏が採用した町づくりの手法と、三木氏や姉小路氏など他の領主が考えた町づくりについて、また、石垣の遺構を手掛かりに検証した三木氏と金森氏それぞれが支配した松倉城の歴史など、今後の課題を含めて意見が飛び交っていました。

当日の様子

全国の歴史研究者の集まり「1617会」が初の「飛騨例会」を開催
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