体育や運動会の際に、白い粉でグラウンドにラインを引いた経験はありますか?キレイに引けているつもりでも、遠くから見るとラインはぐにゃぐにゃ。「真っ直ぐ」は想像以上に難易度が高いですよね。「市民生活を支える職業や一流の技術を有する市民ら」に光を当てる特集の第6弾では、道路のラインをはじめとした路面標示の設置等を担う株式会社アルプスサインをピックアップ。萩野下司(写真左)さん、阿礼紗那(写真中 央)さん、和田龍紀(写真右)さんのお三方にラインを引く仕事の難しさや楽しさを伺いました。
──お仕事内容をお聞かせください。
萩野下さん:路面標示や道路標識、ガードレール、カーブミラー、点字ブロック(視覚障害者誘導用ブロック)などの設置を行うほか、雨や雪で滑りやすい道に溝(安全溝)を掘ったり、スリップの原因となる土砂やゴミを路面から取り除いたりと、交通安全に関わる仕事に幅広く対応しています。その中でも路面標示の設置、ライン引きと呼ばれる仕事が主です。
──本当に幅広いですね!阿礼さんは入社2年目、和田さんは入社5年目と伺いましたが、覚えることが多くて大変ではないですか?
阿礼さん:確かに覚える内容は多いですが、できることが一つずつ増えていく点に楽しさを感じています。最近は、専用車両を使ったライン引きやその準備を任されるようになりました。車両の横に付いている踏み台に立って、噴射されるペンキの量や圧力、ラインを光らせるガラスビーズの散布量などを注意深く見て操作しています。
──真っ直ぐラインを引くのは難しいですか?
阿礼さん:難しいです。ラインの幅が決まっているのですが、デコボコ道だと基準より太くなったり細くなったりしてしまうことがあり……。路面の状態を見ながら幅を合わせるのが難点です。
萩野下さん:真っ直ぐなラインを引けるかは、ドライバーの技術にも大きく左右されます。下書きの線に沿って、いかに真っ直ぐ一定の速度で走行できるか。シンプルですが難易度が高く、修業を積んだ資格保持者のみが任される仕事です。
──何キロで走るのですか?
萩野下さん:一般道路は4キロ程度、高速道路は6〜8キロです。わずか数キロの違いですが、車両の横に立つオペレーターの体感速度には歴然の差があります。オペレーターとドライバーは通信機器でつながっており、互いの目線に立って連携することが大切です。
──失敗したらやり直せるのでしょうか?
萩野下さん:基本的にはやり直せないので、一発勝負ならではの緊張感があります。こればかりは、何年経験を積んでも慣れることはありません。
──新人さんはなおのこと緊張しそうです。初仕事はいかがでしたか?
阿礼さん:初仕事は、高速道路でのライン引きでした。破線を引く作業の際に、なかなか間隔が合わなくて苦戦していたところ、運転席にいるベテランの先輩から「もう少し早いタイミングで(スイッチを)押すといいよ」と アドバイスをもらい、うまくいった時は本当に嬉しかったです。
──入社2年目と5年目で任される仕事に違いはありますか?
和田さん:はい。これまでの話に出てきた「ペイント式」と呼ばれる工法に加え、「溶融式」という工法があります。機械を手で押しながらラインを引く工法で、駐車場 のラインや文字・記号などを描く際には主にこの溶融式を用います。私は入社3年目で溶融式の機械を扱う国家資格(路面標示施工技能士)を取り、現場を任されるようになりました。ちなみに試験は、直進と左折の矢印を描くという内容です。1ミリでもラインの位置がずれると減点されるので緊張感がありました。
──描くのが難しい文字や記号は何ですか?
萩野下さん:「止まれ」の「ま」など、丸を描くのは難しいです。フリーハンドで機械を回してラインを引くので。和田は手先が器用で上手ですよ。
和田さん:場数をこなしていかないと上達しないので、若手にもどんどん経験を積ませてくれる環境に感謝しています。
──工事にはどれほど時間がかかりますか?
萩野下さん:「止まれ」の場合、1か所につき約30分です。基本的に工事を行う場所は公道なので、素早く作業を済ませることを徹底しています。
──ミリ単位のクオリティに加え、スピード感も求められるのですね。ベテランでも緊張するとおっしゃった理由がわかりました。
萩野下さん:ライン引きは道路工事の最後を飾る仕事で、その道路の仕上がりを決めるといっても過言ではありません。常にプレッシャーを感じながらプライドを持って仕事に向き合っています。ただ、緊張ばかりだと若手は現場に向かうのが嫌になってしまうと思うんですよね。自分が若手の頃にそうした気持ちを経験したからこそ、後輩たちの緊張をほぐすような声かけを日頃から意識しています。
阿礼さん:先輩方が「辛かったら言ってね」といつも気にかけてくれるので安心して仕事ができます。周囲に支えられ、自らの成長を実感できるこの仕事が好きです。
夏は暑く冬は寒い、ライン引きの仕事。特に、溶融式の機械で ラインを引く際は、材料を約200℃で熱しながら作業を行うため熱気との戦いだそうです。体力面でも技術面でも大変な仕事というイメージがありますが、若手のお二方から「楽しい」「嬉しい」という言葉が何度も出てきたのが印象的でした。キレイなラインを引いて、地域の交通安全と円滑さを守る。そこにかけるプライドの強さに勤続年数は関係ないと、若手のお二方の力強い表情から感じとることができました。
市民ライター 三代知香