昼夜問わず、鳴り響くサイレンの音。ダム放流の合図です。「ああ、また鳴っているな……」。そう思いながら、聞き流している人もいるのでは。「また鳴っている」サイレンの裏には、私たちを水害から守るために日夜働いているプロフェッショナルがいます。「市民生活を支える職業や一流の技術を有する市民ら」に光を当てる特集の第3弾では、北陸電力株式会社の神岡水力センターで副所長を務める西岡康嗣(写真・左)さん、同じく副所長兼ダム管理主任技術者(以下、「ダム主任」) の竹正太郎さん(写真・右)に、ダムに関わるお仕事の厳しさや、心構えを伺いました。
──神岡水力センターの職員さんはどんなお仕事をされているのですか?
西岡さん:当社では、岐阜県と富山県をまたぐ神通川流域にある31カ所の発電所のうち、8カ所の保守を30人体 制で分担して行っています。 ダムには複数台のカメラが設置されており、2名が常時勤務して365日24時間体制で監視しています。
──ダムの放流を行うタイミングも神岡水力センターで判断を?
竹さん:はい。私たちが管理しているダムのうち最も規模の大きい浅井田ダムでは、職員が都度判断をして、ゲートを開閉し放流を行っています。
──放流の前には、どのようなことを準備されるのでしょう?
竹さん:気象情報を収集し、ダムへ流入する水量を予測します。ダムに常時勤務する職員は2名ですが、放流の前には必要に応じて増員の手配を行います。放流の際には、ゲートの開閉を操作する職員に加え河川をパトロールして市民の安全を確保する人手が必要だからです。事前にサイレンで市民の皆さんに周知をしますが、万が一にでも河川付近に取り残された人がいては一大事なので、私たちの目で見てしっかり安全を確認するようにしています。
──2018年7月5日から8日にかけて、神岡町では72時間で380ミリという観測史上1位の雨量を記録しました。当時の様子はいかがでしたか?
西岡さん:あの豪雨は、山地や中山間地で突然起こる、いわゆる”鉄砲水”でした。過去に類を見ない大雨で怖かったですね。備える間もなく急激に降ってきたため、人員も少なくて 大変だったのを覚えています。今でこそダムには2名が常時勤務していますが、当時は1名体制で、私が応援に駆けつけるまで1人でよく頑張ってくれました。あまりにも急激に水量が増え続けたため、一刻も早い対応が求められる状況でした。当初、1人で対応していた職員が迅速かつ的確に判断し、私が駆けつける前に放流に必要な手続きを進めてくれていました。具体的には、放流のサイレンや、消防署への通知、各市町村への通知などです。その手続きが少しでも遅れていたら、最悪の場合ダムが損傷する恐れもありました。
──その職員の方が前例のない緊急事態にも冷静に対処できた理由は何ですか?
竹さん:どの職員が同様のケースに見舞われても対処できるよう定期的に訓練を行っています。
西岡さん:ダムのシステムには「訓練モード」があり、過去の出水を再現することができます。2018年のような危機的状況を、職員一人ひとりにシステム上で体感してもらうことで有事に備えています。
──少しでも間違えたら市民の命に関わる仕事に向き合う際の心構えは何でしょう?
西岡さん:私が副所長としてよく職員に伝えているのは「空振りでもいいから、先回りして行動しよう」ということです。放流のための手続きをすべて済ませたものの、実際には想定したほど水量が増えなかったというケースも当然あります。でも、諸々の手続きが結果的に無駄になったとしても、最悪の場合を想定して動く姿勢が大切です。「空振りしたらどうしよう……」と悩んでいる間に、状況が悪化する可能性も考えられるので、悩む前に手続きを進めるよう伝えています。
竹さん:特に、浅井田ダムは、神通川流域のダムの中でも急激な出水が特徴として挙げられます。ひとたび雨が降ると、急激に増水して、急激に減っていく。迷っている暇はないのです。
西岡さん:そのため、日頃から「分からないことがあったらすぐに相談して」と口を酸っぱくして言っており、その意識はチーム全体に浸透しています。放流の手続きが遅れることの危険性を十分に理解したうえで、各々が迅速かつ自立的に動いてくれます。真面目で信頼できる仲間たちです。
──ダム主任である竹さんは、ダムの管理・操作に関わるすべての責任を負う立場ですが、重責を担うにあたって意識していることは何ですか?
竹さん:第一に人命を守ることです。いかに市民の安全を確保しながら適切に放流するか。これに尽きます。それを徹底するには、私一人の力だけでは十分ではありません。だからこそ、日々チーム全体のスキル向上に努めています。ダム主任は重責ですが、西岡の存在が私の中で大きな助けとなっています。西岡はダム操作に関わること約15年のベテランで、緊急時の対応力はピカイチです。
──最後に、地元の方に伝えたいことはありますか?
竹さん:放流にあたって、水遊びや釣りを中断していただいたり、夜中にサイレンを鳴らして近隣住民の睡眠を妨げてしまったりすることがあります。日頃よりご理解、ご協力いただいている市民の皆さんには大変感謝しています。皆さんの安全を守るため引き続き尽力してまいりますので、ご協力いただけますと幸いです。
インタビューの後、浅井田ダムを見学させてもらいました。地理的な関係から、他のダムと比べて出水の予測を立てにくいとされている浅井田ダムでは、そのサポートを目的としたAIシステムが初導入されています。ダム管理・操作の安全性と発電の効率を上げることが導入の狙いです。SDGsを背景にクリーンエネルギーへの注目度が高まっている昨今、北陸電力では水力発電の電力量増大に取り込んでおり、その一環としてAIを導入しました。私たちを水害から守ると同時に、環境に優しいエネルギーの拡大に取り組むプロフェッショナル。今後、ダムの放流サイレンを聞くたびに、その責任感に満ちた表情を思い出すことでしょう。
市民ライター 三代知香