厳しい訓練を積み、危険な現場に飛び込む————まるでヒーローのような存在。そうしたイメージだけでは語れない、救急救命士のリアルとは?飛騨市消防本部の救命士歴20年の桑田茂太 (写真左)さん、同じく救命士の畑佐正樹(写真右)さんにお話を伺いました。
──救急で出動するのは年間何件ほどですか?
古川消防署・北分署・神岡消防署を合わせると、年間約1,200件の出動があります。そのうち、患者さんの命に関わる重篤なケースは1割程度です。約20名の救命士が三交替制で、これらの現場に対応しています。ただし、救命士は救急業務だけを専門に担っているわけではありません。職員全体で78名という限られた人員のなかで、救命士も消防業務を兼任しており、現場に応じて「消防士」と「救命士」、2つの役割を使い分けています。 その中でもさらに役割が分かれており、例えばドローンを活用して遭難者を捜索する部隊や、川で溺れた人を救助する潜水隊などがあります。救命士の中にも、こうした現場に備えて訓練を受けている者がいます。
──救急と消防を兼任し、さぞ多忙かと思います。命に関わる現場もあるなかで、気持ちが休まる瞬間はあるのでしょうか?
はい。24時間勤務を終えた後の2日間で心身を休めます。悲惨な現場に立ち会うこともゼロではなく、気持ちを引きずる職員もいるとは思います。ただ、私自身は経験を重ねるなかで気持ちの切り替え方が身についてきて、たとえ人の生死に関わる場面であっても必要以上に引きずることはありません。「それが仕事」と割り切って、救える命を一つでも多く救うために休むときはしっかり休み、また翌日から訓練に励む──それだけです。
──命と向き合う現場に立つ方だからこその言葉だと感じます。近年では、法改正により救命士が担う役割が広がっているそうですね。
現場で行える処置の範囲が拡大したことで、救える命も確実に増えています。私たちはその変化を前進の機会ととらえ、日々やるべき訓練と学びを重ねています。救命士という仕事に「勉強」は切っても切り離せません。国家資格を取得したからといって、すべての処置を任されるわけではなく、処置の幅を広げるためには継続的な学習が不可欠です。救命士は、どれだけ勉強しても足りない職業です。先輩からは「ずっと勉強し続けろ」と言われました。実際に学び続けるなかで、着眼点や物の見方がどんどん広がっていくんです。「救命士ってすごい」と思う瞬間も増えていきました。患者さんの状態を見て、さまざまな可能性を考えながら最適な対応を選び取っていく──そうした一つひとつの判断に、これまで得た知識や視点が生きてくるんです。
──判断に迷うことはないのですか?
正直、あります。もちろん、あらゆるケースを想定した対応手順があり、それらは訓練で叩き込まれますが、現場ですべてが思い通りにいくとは限りません。例えば、事故が重なって複数の怪我人がいる場面では「どの処置を優先するか」と迷う瞬間はあります。それでも、そのときその瞬間に「これが最善」と思える判断ができるように、勤務を始めて20年間、経験と訓練を積み重ねてきました。そして何より、私たちは一人で救助にあたるわけではありません。判断に迷うような場面でも、チーム全員で頭を使い、資機材を駆使して協力し合いながら安全な救助を目指します。「消防士や救命士は、屈強な体を持つ人にしかできない仕事」と思われがちですが、それは誤解だとはっきりお伝えしておきたいです。肉体的な強さがあるに越したことはありませんが、一人でできる範囲には限界があります。チームワークがあるからこそ、難しい現場にも立ち向かえるのです。
──この仕事をやっていてよかった、と思える瞬間はどんなときですか?
患者さんやご家族から「ありがとう」とお声がけいただいた瞬間です。ただ、すべての命が助かるわけではなく、現場に駆けつけた頃にはすでに心臓も呼吸も止まっていて、現実的に救命士の力が及ばないこともあります。そんなとき、常に胸に留めているのは、ご家族の「ここまで処置してくれて、ありがとう」という言葉です。それを聞くと「自分はもっと 頑張らなければならない」と、強く思います。 命に向き合うこの仕事に、ゴールはありません。
これから迎える夏休みシーズンは、熱中症や行楽中の事故、水難事 故などが増えてくる時期です。くれぐれもご注意ください。また、救急車を呼ぶべきかどうか悩んだときは、基本は迷わず119番へ。 その手前で相談したい場合は救急安心センター「#7119」(つながら ないときは058-216-0119)をご活用ください。
市民ライター 三代知香