増島城は、金森長近が飛騨国支配における古川盆地の押さえとして築いた平城です。高山藩2代目藩主・金森可重が初代城主を務めました。岐阜県史跡に指定されています。 現在は、古川小学校と飛騨市特別支援学校の間に、櫓台の石垣と堀の一部が残っています。櫓台の上には、増島天満神社(気多若宮神社に合祀)の社殿とその横に、御蔵稲荷神社があります。
天正13年(1585)閏8月、羽柴秀吉より命を受けた越前大野城主・金森長近は、養子の可重とともに飛騨侵攻を開始しました。長近は早々に三木氏を破って飛騨国内を平定し、後に飛騨を拝領しました。金森長近は本拠を高山城と定め、飛騨国内の要所に支城を整備しました。古川盆地は中世には飛騨国司・姉小路氏が治めた、国内の要所の一つです。長近は養嫡子の可重を増島城の城主に置きました。当初は古川城あるいは小島城を拠点としたと伝わりますが、後にこの増島城を築城して城下町の建設を行いました。築城に関して確かな史料はありませんが、天正17年(1589)には城下の「あきない町」に定書が交付されているため、この前には城の普請が始まったと考えられます。
元和元年、一国一城令によって国内の城は高山のみと設定されると、増島城は城主の別邸「古川旅館」として利用されました。元禄5年、金森氏が出羽国上山に移封になると、旅館の建物は取り壊されました。天保年間の田畑屋敷絵図を見ると、曲輪跡は畑に、堀跡は水田として利用されていたことが分かります。櫓台の上部には古川町方村名主・加藤家によって増島天満神社が建立されました。近年合祀されて祭神は他所へ移りましたが、社殿は現在もなお残っています。
明治時代になり、本丸跡には現在の古川小学校の前身となる古川尋常高等小学校が建ちました。二ノ丸も堀跡が埋められ、県立吉城高等学校や古川町立図書館が建ちました。現在、本丸櫓台の西側には県立特別支援学校が、二之丸に市立古川小学校が建っています。
『飛州志』に所載の増島城跡絵図
増島城とその城下町は、古川盆地を貫流する宮川と支流の荒城川の合流地点に立地しています。丁度河川の合流地点城下町の町人地に接し、増島城はそこから荒城川の上流側、右岸河岸段丘上に位置します。
増島城には本丸の外側に馬出し(二之丸推定地)が存在する。この縄張りは秀吉の築いた聚楽第に認められるもので、当時最新鋭の築城技術を反映した城でした。江戸時代中期に作成された地誌・『飛州志』の絵図には、「本丸」「二之丸」「三之丸」「東之丸」といった曲輪が描かれ、曲輪を繋ぐ橋や櫓台が描かれています。江戸時代に作成された土地の様子を記した絵図にも同様の様子が認められることから、城の破却後も多くの範囲で地形はそのまま残存していたと考えられます。
増島城は、古川小学校の建設工事に合わせて、本丸曲輪と二之丸曲輪推定地を中心に平成9~21年(1997~2009)にかけて発掘調査を実施しました。その結果、後世の開発による影響も見られましたが、曲輪の石垣をかなりの範囲で確認することができました。調査では本丸と二ノ丸をつなぐ土橋が確認された他、二之丸と東之丸を繋ぐ土橋も確認し、虎口形状であることが明らかとなりました。虎口付近の石垣は、良好な状態を保っており、基底部からはクリ材の胴木が発見されました。調査後は新たな校舎が建てられているが、工法に配慮して遺構は盛土保存されています。
現在、城跡の遺構として、本丸櫓台の石垣と堀の一部を見学することができます。櫓台の石垣は東面が当時の様相を伝えていると考えられます。自然石や割石を使用した野面積みで、南隅部は算木積みが認められます。
※各曲輪の名称について絵図と発掘調査報告書で異なるが、このページでは報告書の整理に従い記載しています。
調査で発見した石垣(二ノ丸虎口)
金森氏は、増島城の築城と並行して、城下町を建設しました。江戸時代中期に作成された『飛騨国中案内』には、「上町・古町という所これあり候。(中略)この近辺は先年蛤ヶ城これあり候時分、城下町故、今にても古川上町などと云う事なり」とあり、姉小路氏の居城であった古川城(蛤ヶ城)の町場を増島城下に移転させたと伝わります。
増島城下町の構造は、西大手方面に武家屋敷(殿町)が配置され、用水路(瀬戸川)を挟んで南側に町人地・寺社地(壱之町、弐之町、参之町)が配置されます。城と町人地は、構造的に直接繋がっていませんが、町の角地や川縁を押さえるように寺社が配置されています。この武家屋敷地と町人地が隔てられる様子は、本拠の高山城と同じ構造であり、金森氏のまちづくりの特徴を示しています。
城と町・街道・寺社を一体として計画的に整備するあり方は、それまでの飛騨の武将には無い革新的なものでした。金森氏が築いた城下町が現在の飛騨古川の原点となっています。
増島城下町の推定構造図
本丸櫓台の石垣や堀を中心に見学ができます。
飛騨古川まつり会館にて、増島城のご城印(1枚300円)を販売しています(詳細は飛騨の旅<外部リンク>をご覧ください)
住所 | 509-4222 岐阜県飛騨市古川町片原町8-35 |
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アクセス | 飛騨古川駅から徒歩約10分 |
備考 | 飛騨古川駅裏無料駐車場をご利用下さい |